天草の地で大江天主堂に行ってきました
天草初上陸です。
天草と言えば、キリシタンと天草四郎のイメージがありますが実際に天草に来たのは初めてなので、何だか感慨深いものがあります。
今日は天草を観光してからフェリーで九州本土へ渡ります。
まず訪れたのは大江天主堂。
大江天主堂は天草西海岸の大江町の山の上にあり、白い壁面が眩しいゴシック建設の教会です。
キリスト教の信仰が禁じられていた時代を経て、キリスト教解禁後に天草で最も早く造られた教会で現在の建物は昭和8年(1933年)に天草へ伝道に訪れたフランス人宣教師のガニエル神父と地元信者が協力して建立したものだそうです。
民家が続く道を行くと小高い山の上に突如として現れる真っ白な教会です。
こじんまりしていますが、庭も建物も手入れが行き届いている感じがしました。
私たちが訪れた日はあいにくの小雨で、訪れる人は私たちの他は1組ほどしかいませんでした。
ささやかですが協力金をお支払いして教会の中へ入ります。
ヨーロッパを旅した時に、小さな教会から大きな大聖堂まで様々な建物を見て回りましたが、教会の内部はオルガンがあったり、キリストの像が飾られていたり、まるでサクラダファミリアの柱を小さく模したような雰囲気がありました。
そんな教会が日本の風景の中に佇んでいる姿は何だか不思議な感じがしました。
教会横には、ガニエル神父のお墓があり、そこから見渡す村々の農風景がとても美しいです。
教会内部は写真撮影禁止なので、写真はありませんが教会の内部に入った途端にヨーロッパの教会の中にいるような感覚になるので、ぜひ訪れてみることをおすすめします。
ちなみにお手洗いは教会近くの公衆トイレを使うことができますよ。
日本の生活風景とキリスト教が入り混じった崎津集落へ
大江天主堂から車で約10分ほどの場所に「崎津集落」(さきつしゅうらく)と呼ばれる場所があります。
崎津集落は海に近い漁村で、民家の中心に西洋の教会が建っています。
崎津集落の公式ホームページによると、長崎・天草地方は江戸幕府の禁教令によりキリスト教の信仰が激しく禁止されていた時代に密かに信仰を続けた地域だそうです。
1569年にイエズス会修道士によって布教が開始され、ほとんどの村人がキリスト教徒となった地だそうです。
漁村であった崎津ではデウスを豊漁の神として崇拝し、アワビの貝殻の内側の模様を聖母マリアに見立てて崇拝するなどして漁村独自の信仰形態が生まれたそうです。
私たちが訪れた日は平日で小雨が降る日だったので、観光客は私たちを含め1,2組ほどしかいませんでした。
天候のおかげか、2、3台しかスペースがない観光案内所前の駐車場に駐車することができました。
休日の混雑する日は、いくつかある少し遠めの駐車場を利用することになりそうです。
観光案内所では常駐しているスタッフの方がいて、私たちが傘なしで観光しようとしていたら傘を貸し出してくださいました。
静かな細い民家の通りを歩いて観光することになるので、地元住民の邪魔にならないようにしてねと公式ホームページに書いてありました。
普段はちょっとした飲食店やカフェなどが利用できるようです。
そして、観光案内所から歩いてすぐのところに崎津の教会が現れます。
教会は広い敷地に建てられていますが、民家の間にいきなり現れてきます。
教会前の塀が十字の形に抜かれているのが、教会らしさを表現しています。
この崎津教会は1934年に建てられたものだそうです。
この教会は﨑津集落で200年以上にわたり辛い時代を乗り越えてキリスト教の信者が潜伏したのちに、復活の象徴として集落のシンボルとなっていったそうです。
教会の中も見学させて頂きましたが、内部には畳が敷かれてあって、ヨーロッパにもない初めて訪れる教会でした。
畳が敷かれているのは全国でも珍しい形だそうです。
私たちが訪れた時には民家の隣にいきなり教会が建っているような立地だったので、「何でこんなところに教会が建っているのだろう?」と疑問に思ったのですが、ここで禁教令が敷かれていた時代に踏み絵が行われた場所なのだそうで、そのような場所に敢えて建てられたのだそうです。
そういった背景があって、教会は民家に寄り添う形で建っているのだそうです。
確かに、日本の家屋の風景にいきなり教会が現れる光景はこの天草の地でしか見られない光景かもしれません。
教会近くには波が穏やかな海辺があって、ベンチが置かれていました。
雨模様でしたが、海はとてもきれいでした。
晴れていれば、近くのカフェでアイスクリームやコーヒーを注文して近くのベンチで座って休憩することができるようなのですが、この日は小雨とカフェがオープンするにはかなり早い時間だったせいで、まだこの辺りはひっそりとしていました。
他には、この崎津の海にはマリア像が建てられている場所がありました。
漁船を見守るために海を向いて建てられているそうです。
見えますか?
観光案内所まで戻ってくると、歴史がありそうな神社もありました。
教会の近くに古めかしい神社があるのは不思議な感じがしますが、これもかつて禁教令が敷かれていた頃に神社に詣でる所作の中にもキリスト教を拝める気持ちで参拝していたのだそうです。
過去に悲しい歴史があった土地ですが、現在は長崎・天草地域を含め世界文化遺産に登録されているそうです。
日本でこんなに異国情緒を感じることが出来るとは思わなかったので、とてもいい時間になりました。
熊本県の牛深港から鹿児島県の蔵之元港へフェリーで移動
天草を観光後は牛深港からフェリーで九州本土側へ向かいます。
牛深港への道のりは1つ峠を越えていくような山道を行ったような気がします。
峠を抜けるとすぐに海と港が姿を現しました。
フェリー乗り場に車を停めて乗船チケットを購入しに行きます。
フェリーは特に事前の予約をしませんでしたが、問題なく乗船券を購入することが出来ました。
運賃は車1台と大人2名で、2,370円+1,000円で3,370円でした。
乗船は約30分ほどです。
三和フェリーHP: https://ezax.co.jp/
フェリーは1日9便運航しています。
自分の車は軽自動車なので、料金は片道2370円で事前予約なしでもチケットを購入することが出来ました。
同じ施設内には「うしぶか海彩館」という何とも良さそうな施設がありました。
1階には鯛などの生け簀があったり、どこからか鰹節のいい香りがして、施設内のレストランあおさにとっても行きたかったのですが、出航時間間際に来てしまったので出航に間に合わないと大変なので、近くの喫茶店でカレーを食べることにしました。
お時間があれば、レストランあおさの海鮮丼なんかおすすめですね。
近くの喫茶店の「チロリン村」(たしかそうだったはず)のマスターとそのお母さまが気さくな方々で旅行者の私たちに色々話かけてくれました。
娘さんが東京に住んでいるんだ、と話していて天草から東京へ会いに行くのも帰ってくるのも大変だなあと思いながらカレーをほうばりました。
出航
さて、フェリー出航の時間が迫ってきたので急いでフェリー乗り場に戻ります。
結構雨が激しくなってきていましたが、車の乗船客はこのまま車で乗り込みます。
雨が叩きつける中、天草ともお別れです。
ばいばい、また来ます。
あっという間に港が後方へ。。
フェリー船内には徒歩で乗船したお客さんと車で乗船したお客さんがフェリーの船内に乗り込んでいました。
天気も微妙だったので、この日の乗客は少なめです。
一番前のソファーシートを取りました。
船内はテレビと自動販売機、トイレなどの設備がそろっています。
食事処は30分ほどの旅なので、ないですね。
少しだけデッキに出てみましたが、雨が降っているのと風のせいで船が結構揺れて危険なのですぐに船内に戻って大人しくしていました。
下船10分前になったので、車の乗船客は車に戻って下船の準備です。
到着したのは鹿児島県側にある蔵之元港。
ようこそ長島へという看板がお出迎えしてくれます。
蔵之元港側のフェリー乗り場はこんな感じ。
だいぶこじんまりとしています。
こちら側に到着してから分かったのですが、フェリー乗り場すぐ横に食べ物屋さんがありました。
ここで海鮮丼食べればよかったなと少し後悔しましたが、知らなかったので仕方ありません。
そして、フェリー乗り場前にはトイレもあって、バスで出水駅までアクセスできるようです。
徒歩でのフェリー利用者にはありがたい交通手段ですね。
南国交通HP: https://nangoku-kotsu.com/
蔵之元港フェリー乗り場からのバス時刻表:https://nangoku-kotsu.com/wp-content/uploads/pdf/kagoshimakogai/izumi/amakusa_R4.pdf
こうして九州本土側へ移動してきた私たち。
次は鹿児島県の南部を目指していきます!